12月歌会 とぽす会員作品・鑑賞

12月歌会 作品・鑑賞

 12月歌会 作品・鑑賞         

ゆっくりと八十路の坂を歩みゆく時に付け降ろしたき荷のありて   森 てい子

  八十路の坂は下り坂である。こけないように慎重に注意しながら歩く。作者は長年背負ってきたものがある。それが何かはわからない。でも、長い人生を歩んできたひとは、それぞれに何かを背負って生きている。八十路をすぎた身にずしっと重くのしかかるもの。エイヤーと放り出したくなるが実際はその人生とは背中の荷とセットだ。それならば背負い続ける覚悟を決めるしかない。

 

 

富士山の気持ちを思う富士見という名前のついた町の多さに    

 確かに富士と名のついている地名は多い。富士市、富士河口湖町、富士川町、富士野宮市、富士見市、富士見町、ふじみ野市、富士吉田市、山梨県と静岡県が多いが富士見市はさいたま県、富士見町は長野県である。市町村には、そこに密着した川や山は貴重な存在である。仙台で言えば広瀬川、青葉山(少し高さが不足だが),東北で言うと、弘前に岩木山(一六二五、岩手に岩手山(二〇三八)、山形に蔵王山(一八四一)、福島は安達太良山(一七〇〇、秋田は奥羽山脈から離れているので高山は無い。

 

しばあらね術後の舌を回せずにコンペで会いし彼も老いたり  若柳 遊心    

  なにかの手術を受けた友人との会話。冒頭の「しばあらね」が何だろうと興味を引く、「しばらくだね」とでも言いたかったのか、手術の影響かもしれないし、そうでないかもしれないがとにかく友人は舌が回っていない。そして彼も作者もお互いに年取ったことを実感した瞬間だった。

 

来し方を振り返るまじと思いつつやはり気になる我の足跡       丹取 元

リタイアして時間にゆとりができて、ふと自分のこれまでのことを思い返すことが多くなる。話の合う同世代の友人知人が少なくなっていくのは寂しいことだ。言い換えれば過去と未来の割合が入れ替わっていく訳だ。簡単に言えば八五歳で亡くなると仮定すると八十歳の人は、過去が九四パーセント、未来は六%。未来―残りが少なくなれば過去を振り返ることも多くなる。はた目には分からないが心の準備を始めているのだと思う。でも我々には短歌があるじゃないですか。

 

トルコには何とはなしに沸く気持ちいつかは行こう今こそ行こう  笹谷 逸朗

旅行詠のひとつ。最近作者はトルコを旅したとのこと。退職後にのんびり旅行をするのは、わたしもあこ がれているが、パート・アルバイトをしているのでなかなか実現しない。しかも外国旅行ともなると、何段かハードルが高くなる。作者はいつかはそれを考えていた。そして、思い立ったが吉日、気になっていたトルコへの旅立ちを決めた。年齢を重ねることは、新しいことを始めるのは億劫になるが、それを超えてチャレンジすることは大切な姿勢だと思う

 

一瞬に少女にかえる友来る故郷の野に北の風ふく   守屋 良子          

  子供時代や青春を共に過ごした友人は何にも代えがたい存在である。そんな友人と会えた時は、タイムスリップしてあの時の頃に時間が巻き戻されるという経験をした人はおおいと思う。あの時はああだった、こうだったと昔話に花が咲く。いいことばかりではなかったはずだがそれらは忘れて美しい思い出に満たされるのが人間というものらしい。

 
風吹かばジャスミン茶の香り以てしばしの矜持われに起こせよ  
                                         朝野クウー
 
  その日、その時の気分で、何を飲むのかを分けている。音楽好きのわたしは気分とはどんな音楽を聞きたいかと結びついている。ジャズなら「コーヒー」、ロック・ポップスなら「炭酸系」、クラシックなら「紅茶・緑茶」、バロックなら「ジャスミン茶」である。鼻孔をくすぐるジャスミン茶を飲みたいときは、かなり気分が良い時であり、頻繁に飲むことはない。ちなみに、吾亦紅の鑑賞文を書いているときは「緑茶」を飲むことが多いです。






■次回歌会 二月七日
()  午後二時 

   場所 青葉区中央市民センター