六月歌会の作品鑑賞 朝野クウー
白鷺は畔に佇み何おもふ頚をのばして早苗田見つむ
守谷 りょう
初夏のこの時期にふさわしい叙景歌。田植えが済んで間もない里山の風景と思われます。緑一色の中に、白鷺が一羽、点景として鮮やかに浮かび上がってきます。
青空へ稜線描く七ツ森郷愁さそう故郷の山へ
柏原ヒサ子
七ツ森は、仙台の北方にある七つ連らなる小高い山々の総称。作者は空に浮かぶその景色に郷愁をそそられた。下の句は倒置法を用いていますが、郷愁さそうが故郷の山に係るきらいもあるので、下の句を「故郷の山へ郷愁さそう」とすれば上の句と下の句の関係がすっきりすると思われます。
縄文人つなぐ血汐が夢の中竹やりをもち熊と対峙す
若柳 遊心
もユニークな一首。現在、日本中で町中に出没して人々を怯えさせている「アーバンベア」ですが、はるか古代の縄文人も熊も狩猟の対象としていたのでしょうね。ここでは「竹やり」が武器ですが、「石斧」も欲しいところ。時空を超えて縄文人と現代人が共闘していると考えるとなんと夢のある話と云っては怒られるでしょうか。
温かくも冷たくもない日高屋の接客ときにやさしく思う
梨本卓也
作者のコメントでは日高屋は、定食屋さんとのこと、仕事で疲れた身には、あまり濃厚なサービスはうっとおしい、逆に不愛想なのも嫌なもの。その辺の微妙な接客がむずかしいところですが、この日高屋は、そこが適度にバランスがとれていることを作者は好感しています。飲食店は味がまずかったらお客は二度と行かないし、接客が自分にフィットしなかったらやはり遠ざかることになる。日常の何気ないひとこまを上手く捉えた歌と云える。
曇りなきサックスブルーの瞳へと届け私の二塁送球
こまつだいすけ
今回初参加の新人の作品。サックスブルーという聞きなれない語句が新鮮に響いた。調べてみると、黒色が混じった青色とある。色彩は別として、その響きはなにか謎めいた響きがある。作者のコメントによれば、かつての実際の投球行為をモチーフに自分のイメージを表現したとのこと。作歌の手法としては、若者らしいイメージの世界が表出した作品として好感が持てる。今後に大いに期待したい。
身の丈に合わせて生きるそれが良し葉書に添える友の一言
森 てい子
これは、サックスブルーとは対象的な人生訓的な作品。この手の作品は、人生経験を積んだ、なんとも味のある歌が多い。読者は自然に納得してしまう。「己の欲するところに従えども矩を踰えず」。
常夜燈降り積む雪にみせられて窓にはりつく幼子二人
飯土井 智絵
雪、窓、幼子の三拍子がくるとメルヘンが成立する。このような情景を歌詞にした童謡があった気がします。加えて映像が目に浮かんできます。
しどけなき日々にしあれど息に会うその時だけは薄化粧せり
原田奈津子
この気持ちはなんとも表現がむずかしい、さまざまな気持ちがいりまじっている。息と云っても成人、独立しているので大人と大人のある距離が生じている関係であるからそれなりのマナーも必要となる。個人としても母親としても対面時のルーティンな行動を取ることになります。。
のぞき見のうしろめたさを感じつつ人生相談おもしろく読む
丹取 元
この歌はだれにも共通する正直な心理を吐露している。表向き倫理的、道徳的であることの必要性を否定はしないが、TPOによりけり。表があれば裏がある。エロチシズムの原点が見え隠れしているような気がする。
ブロック塀カラスの糞がこびり付くアブストラクトな彫刻となり
朝野クウー
短歌の面白いところは、日常の微細で特段に注目もされない事柄にフォーカスしてデフォルメすることにあると思う。その視点を持つこと。敷衍すれば少し変わり者のほうが歌詠みに適しているのではないでしょうか。
■八月歌会
八月一日(土) 午後二時
青葉区中央市民センター 和室






