島田修二選

島田修二選評

左様ならが言葉の最後耳に留めて心しづかに吾を見給え   松村英一
   自分の心を端的に飾らずに言い放っている。明治人の強さを感じる
しゅわしゅわと馬が尾を振る馬として在る寂しさに耐ふる如くに 杜沢光一郎
  1936生まれ 「コスモス」 馬を上句に置きながら下句では存在としての自     分、主情を入れている。鋭利に裁断した断面を見せていくような歌
たちまちに君の姿を霧とざし或る楽章をわれは思ひき    近藤芳美
  1913生まれ 「未来創刊」有名な歌 戦争中(昭和17年)の作。昭和23年「早           歌」発表、甘美な歌を詠いにくかった時代の歌として特筆できる。
ガス室の仕事の合ひ間公園のスワンを見せにいったであろう   小池 光
  1947年生まれ 『廃駅』 ナチスのアウシュビッツが想定される。そこで働く役人は子煩悩な普通のひとであり、決して常軌を逸した狂人ではない。時代による正邪は何が基準になるのか。昭和50年代の公害問題、社会的に公認された企業幹部は経済を牽引している反面、非情な害毒を流す現場にいた。 

大空の斬首ののちの静もりか没ちし日輪がのこすむらさき    春日井 建
  1987生まれ 「短歌」主宰 『未青年』(昭和35年)に掲載、『未青年』は三島由紀夫から絶賛された。「大空の斬首の静もりが」大空がまるでバッサリと首を斬ったように陽が落ちていく。「むらさき」という微妙な色だ。卓抜な比喩には青年独特に鋭い感受性とイメージがある。

またひとり顔なき男あらはれて暗き踊りの輪をひろげゆく    岡野弘彦
  1924年生まれ 「人」創刊 この歌の前に「夜の更けの盆の踊りにひたひたと影ふえくるは戦死者の霊」という一首がある。ふるさとの盆踊りにひっそりと帰ってきた死者の魂。盆踊りの輪の中に居てここにはきっと自分たちと一緒に戦争に行って死んだ人たちがいるはずだ。生き残ったひと、亡くなったひと、その差を感じさせない、それでいて決して絵空事ではないリアルな歌。

(とよも)して地震(なゐ)すぐるとき標本壜に嬰児ら揺るるなかの亡き吾子  
                                  伊東 保
  1913年生まれ 『仰日』昭和25年刊 ハンセン病患者 結婚は許されたが出産は許されなかった。堕胎の子はどこか、標本壜に存在していて地震が起これば揺れる、という想像

contact

pagetop